気がつけばレコードやらギターやアンプが手元にたくさんあって、それを見て人は凄いなあとかいいなあとか言ってくれるけど、そんなに凄くはないと思っている。大金を投入して手に入れたものはそれほどなく、売り払った記憶もなく、ただ、居場所を求めてみんなここに来たんだよなあ...って感じで、家族みたいなもんだ。
これって今めっちゃ高いですよね〜、なんて言われても、オレは高くない時に買っていたりするからよく分からない。
これいらないから持って行ってといわれてウチに来たものもたくさんあるし。
つまり、その時はそんなに注目されていなかったということもあるんやろうけど、世の中の物差しに負けない自分の視線があれば、価値なんてものは昔も今も同じだと思う。
いいものは必ず残るのだ。
逆にこれは価値があってもいいのに、なんで世の中では過少評価なのか??というのも多い。
人でもそうだ。
そう、ボ・ディドリーもその一人だ。
特に日本では過少評価すぎるで!!!
ストーンズや、ブリティッシュ・ビートに心を開いた若かりし頃、ルーツを辿っていると、ボ・ディドリーに出会った。初めて見た白黒の映像。名前も変だし、ギターの形も変、永遠と続くボ・ディドリー・ビート。一つのコードでリフレインが続く。なんじゃああ、これは...
ブルース = パンクといっていいほどに衝撃をうける。
オレは遂に目覚め、世界のロックンロールでチャック・ベリーとボ・ディドリーから影響を受けていないものはロックンロールではない!!と高校の教室で熱弁をふるったが、誰もボに振り向いてくれなかったのを思い出す。
そう、オレはその時、反逆心と共にチェスレコードのブルースにつかってやろうと思ったわけです。
20代の初め、将来、スタジオを作りたい!!と思い、気がついたら16年もたっている今。
でも、時間は止まっていて、そう思った瞬間の次の日くらいの気分。
そして、あの高校時代から20年、遂にボ・ディドリーに捧げるアルバムを我がスタジオで作る事が出来たのです。
それが「HEY!! BO-SLINGER!!」
日本でボ・ディドリー・トリビュート・アルバムがちゃんと作られたのはこれが初めてだと思うんですよね、だから、本当はボ師匠が生きているうちにこれを作って本人に聴いてもらいたかった。
日本にもボ師匠を慕うバンドがいっぱいあるんです、という事を。
で、昨日は「HEY!! BO-SLINGER!!」のリリースパーティー。
ライブではなくパーティー。
ボ・ディドリーはライブっていうよりもなんかパーティーなんですよね。
それに、あのボ・ディドリー・ビートは楽器が出来る出来ない関係なく、誰でもできるんです。
体が勝手に動くようにできているリズム。
そう、みんなのロックンロール・リズム・パターン。
集まったのは古くからの仲間達。
西宮からはキングブラザーズ、金沢からショットガンのケミーも来てくれた。
打ち合わせも何もしてないのに、みんな勝手にボ・ディドリー衣装を持って来ていたのにも笑った。昨日、ボ・ディドリーが下北沢にいたら絶対「オレも混ぜろー」って言ったはずだ。
いやはや楽しい一日でした。
と、言う訳で、オレの勝手な案で始まったGRAND-FROG STUDIO発のアルバム企画でしたが、ヒットしないであろう(笑)と思われるこの作品を発売してくれたDECKREC/UK PROJECTのショボ兄、ジャケを作ってくれたJELLY BEANやタケボウにも感謝。そして、忙しい中、しがらみや金銭面やらを抜きに、ただ「やりたい!!」と即答してくれたバンドのみんなにも本当に感謝。で、打ち上げではまたこういう作品をやろうよ!!とみんな言ってくれてめっちゃ嬉しかったなあ!!!
本当に音楽好きな仲間が揃った忘年会みたいなもんでした。。。
ああ、今年もいい一年だった気がする。(ま、毎年そう思ってますが)
そして、おおきにやで!!!
ボ・ディドリー!!
左/なぜかPILのT-SHIRTSにBOハットをかぶるトクザD。日本の汚いエリックバードンの異名をとる彼は嫌われ者キャラをとおしているが、実はいいやつ。腹がすごいので今度はふとっちょカウボーイに変身してほしい。
右/ボ・ディドリーをきどったはずが...それ、完全に上方芸人やん!!と言われてしもたあたくし。