風は冷たく、まだ冬の香りが残っていた東北やった。
盛岡に行くといつもCLUB CHANGEのクロヌマ君が待ってる。
ライブであろうとなかろうと。
ライブが無い日は鴨鍋を食う。
ライブがある日はパスタを食う。
盛岡での最高の過ごし方。
クロヌマ君はきっと味方も多いが敵も多いはずの人だと勝手に思っている。
そんな人の方が断然面白いのでオレはやはりすぐに仲良くなった。
毎回しょーもない話を9割。
大事な話を1割だけする。
ようやく冷静に判断出来る歳にはなったが、決して冷めてはいないぜ、と燃え上がってくる。
外野に回って冷めた意見を出すくらいなら、いざ出陣の準備をしようではないか!!
という感じだ。
教室で会議が行われていた。
小学3年生の時だ。
産休の代わりに臨時でやって来た先生が今学期でクラスを去る事になったのだ。
お別れ会を開くことになり、6、7人でそれぞれのグループに分かれ、催し物やプレゼントをどうするか??という相談会議だった。
オレがいたグループにはM君がいた。彼は転校して来たばかりという事もあってか、まだ心を開ききれていなかったのかもしれない。グループのリーダーに抜擢されたオレは他の子の意見をまとめたりして色々提案をした。しかし全ての提案をM君だけが拒否をした。意見があってNOというのなら分かる。拒否したというか、くだらないから参加したくないと言ったのだ。「オマエ先生の事嫌いなんか?」と聞くと、「いやただめんどくさいだけ」と言ったのだ。オレはその先生がとても好きだったという事もあり、最大に怒りが込み上げてきたのだった。そう、北斗の拳のケンシロウばりに。しかし、周りの連中はすぐにオレを止めた。なぜならM君は空手をしていたからだ。オレは「あほか、オレは男じゃ」と彼に挑んだ。結果は誰もが知っていた。気づいた時には教室の後ろの掃除道具入れあたりで屈辱の床を見ていた。子供の時程、権力構図が分かりやすい時はない。力の強いものが上に立つ。とても動物的でシンプルだ。案の定、オレのリーダーとしての格は下がり、お別れ会は不満の残る結果となった。負けたことにより、グループの他の連中からも冷たい目線を受け始めていた。仲良くしていた友達も次第に元気が無くなってきて、葛藤の時期が続いた。しかし5年生の時、凄い担任の先生がやってきた。負けても戦え!!と言う先生だった。オレは弟子入りのつもりで彼の教えに従った。体育の後で補習としてなぜか柔道やプロレスを教えられた。更に精神統一のため、先生が担当する美術部にも入った。そんなある日、オレのグループとM君のグループが放課後にばったりとでくわした。瞬間に、今日しかない、と再度彼に挑んだ。結果、案の定、オレは負けた。彼は更に強くなっていたのだ。けど、オレも前とは違うんやで〜と負けても挑んだ。と、突然、彼が急に顔をこわばらせて、もうええから、オレの負けや、と言った。その瞬間、あきらめへんことが大事なんや〜!!と確信した。しかし実際は違う。友達曰く、オレは頭を切って顔面血みどろになっていたのだそうだ。尋常じゃないその顔面にただみんなビックリしただけなのだ。すぐさま近所の人の家で手当してもらい、顔面にすごいコブを作って家に帰った。もちろんオカンには遊んでて転んだと言った。今でも頭右上に跡が残っているが、頭を洗っている時、なんとなく思い出す。しかし、その後、みんな仲も良くなり、M君には「あの時、オレはオマエの冷めたとこが嫌いやったんや」とだけ伝えた。彼は「オレも分かってるわ」といい顔をして答えた。
そして無事に小学校を卒業した。
ということもあって、あの頃から冷めることだけは絶対せーへんで〜と誓ってはいるのだが。。。
しかし、冷静に判断するというのが出来へんかったなあ。。。
逆に今は良くも悪くも冷静に判断出来るようになってしまったのか。うーむ。
風は冷たくとも、心さめず。